2023年4月第5週の一言 みんなのつくえ丸3年!(後編)

前編はこちら>>4月第4週の週報 みんなのつくえ丸3年!(前編)

そしてこの1000日以上の間、平均して毎日1件前後の寄付が続いています。ずっとです。

直接手渡してくださったり、静かにいつのまにかつくえのあたりや上に置いてあったり、宅配便で届いたり、通販サイトを通じて届いたり。時には心温まる嬉しいメッセージ付きで。こうしてこの小さなつくえが文字通り「みんなのつくえ」となっています。

この3年間、ずっと考えてきたことがあります。それは、他者に何かを贈り与えることは、人間にとって生きるために必要なことなのではないか、ということでした。贈り与え、他者を助けることは、人間の本性や本能に属することであって、人間らしく生きるためには、それが不可欠なのではないか、そう思うようになったのです。そうであるなら、贈り与えること、助けることは、特に素晴らしい善行でも何でもなく、ただ人間が人間であるということに属する当たり前の行い、ということになります。ことさらにそれを善意による、と考えなくてもいいのかもしれない、と考えるようにさえなったのです。そうでなければ、こんなに続かないだろうと思うのです。

きっと与えることは、受け取ることなのです。いずれかえってくる、というよりも、与えるその瞬間に大切なものをわたしたち人間は受け取っている。だから、贈り与えることそのものが、人間を豊かにする。そう思うようになりました。

毎日朝のオープンと共に写真を撮り、インターネットSNSにあげ、補充の度に写真を撮り、夜玄関を閉めた後、また一日のつくえの移り変わりの様子をアップしています。それらの画像はすべて保存してあります。8000枚近くにもなるでしょうか。

この間、あちこちでこの取り組みについてお話するようになりました。題して「『みんなのつくえ』から見えてきたもの」。撮りためてきた写真をスライドにして、つくえを巡って次々に起きてきた出来事を紹介しながらのお話は、みなさんとっても面白がってくださいます。それはそうでしょう。だってこんなに面白いことは、そうそうないのですから。日本中で。いや、ひょっとすると世界的に見ても!

丸3年を経て、そろそろこの教会でもお話したいと考えています。スライドで綴る「みんなのつくえ」の3年間の物語。面白そうでしょう?

さて、4年目に入りました。どうなるでしょうか。どうするべきでしょうか。まだわかりません。少なくとも、日々このつくえを利用して助かっている方々がおられること、この取り組みのためn祈り、食品や生理用品などを贈ってくださる方々が後を絶たないことは確かです。教会として、総合的に考えていきたいものです。

3年間守られたことに感謝。イエスはひょっとすると、つくえの関係者の中にいらっしゃったのかもしれません。受け取る者のひとりとして、また贈り与える者のひとりとして。

(記)会計担当 U.N(2023年4月30日の週報より転載)


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