2022年10月第3週の一言 Sさんのこと②

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Sさんの場合、自立生活開始から数年後、認知症の症状が現れてくるとほぼ同じころ、猫を飼い始めている。これが大変。

飼っている猫だけでなく、野良猫が開けっ放しの彼女のアパートの玄関から自由に出入りし、そこを棲家にしてしまうようになったのだ。

季節ごとに部屋では子猫たちが生まれ続け、部屋はすさまじい状態に。彼女には為す術もない。
サポート担当スタッフが必死で対処してアパートをきれいにしても、また同じことが数か月後には繰り返される。無限・猫地獄。

それをサポート担当者がユーモラスに記録している。実際にはそれどろではないのに。限界を突き抜けたヤケクソのユーモアとでもいおうか。印象的なものを葬儀の中で紹介した。みんな大笑い。
でもそこから、共に生きるいのちの姿が浮かび上がるのだった。

火葬場には、その記録を書いたスタッフのひとりMさんが同行してくれた。そしてこう告白したのだった。

「葬儀の時に読んでもらおうと思って、毎回書いていました。」

その人が亡くなった時の葬りや弔いのことを思いながら、抱撲スタッフは日々の記録を残していく。生涯関わることが決まっているなら、いずれ必ず、寂しさの中でひとつひとつの大変なエピソードを泣き笑いしながら共有することになるその日が来てしまう。
そのことを思いながら、Mさんも猫地獄の記録を残した。

そんな関わりをしている団体は抱撲くらいだ、と翌日開催された互助会の「偲ぶ会」でいみじくも奥田理事長は語った。
(互助会は、ホームレス状態から支援を受けて自立した人々が互いに支え合うために形成する「なかまの会」を中心に、ホームレス経験のない人々もつながり、助け合うために運営されている。)

女性として、ひとりで人生を生き、ホームレス時代も生き抜いたSさんは時に強さを見せ、相手や周囲を圧倒することがあったという。

そんな彼女が、認知症が進む中で、猫たちをただありのままで受け入れるようになった日々。彼女は猫を手放したりすることを勧められると、物凄く怒ったと聞く。

自分が猫たちの居場所になれることを彼女は喜んでいたのだろう。いや、そうする以外に仕方がなかったのかもしれない。そうやって無条件で受け入れてくれるSさんの存在、そして彼女の部屋は猫たちにとってはむしろ天国だったに違いない。彼女が猫たちに受け入れられたのかもしれないけれど。

追い出されないこと、拒まれないこと、受け入れられること。
それは天国なのだ。
それを目指す抱撲は、人間を切り捨て拒む地獄のようなヨノナカにあって、やっぱり天国を目指しているのだとつくづく思う。

Sさんにとっては、時にその徹底的な関りはありがた迷惑で、鬱陶しいものであったかもしれない。
関わり、共に生きるということには必ずそういう側面がある。

だからきっと、抱撲のかかわりも彼女にしかたなく受け入れられて成り立っていたのだと思う。担当者であったわれわれ同様に。
天国というのは、誰もが問題なくハッピーなところ、というよりも、案外お互いに少しずつ傷つき合いながららも受け入れ合って、とことん一緒に生きていくということそのものなのかもしれない。
Sさんの葬儀、見送りを通して、しみじみ考えさせられたこと。

Sさん、ありがとうございました。
イエスさま、どうぞSさんをよろしくお願いいたします。

(記)会計担当 U.N(2022年10月16日の週報より転載)


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